● 2千キロ歩いた足
どのくらいの期間歩けなくなるのか、それがちょっと心配であったのだが。
結果はまったくその気遣いは不要であった。
ここはやはりゴールドコーストなのである。
もちろん、朝夕は歩けなくなる。
歩けるのは昼を挟んだ前後の数時間であるが。
それでも木立ちの枝によって陽射しを遮られたコンクリート面はぴりぴりするほど冷たい。
時に氷の上を歩いているのではないかと思うほどである。
これはちょっとオーバー表現だが。
こういうところは速足で抜け、陽のあたったコンクリート面で気を落ち着けることになる。
一回5kmを定距離にして、調子の悪い時はやむなく短くなるが、調子が良くてもそれ以上は歩かないようにしている。
長く歩けばいいというものでもないようで、なるべく日々のルーチンワークにして決まった距離を確実に歩くように心がける。
一日2回だと10kmになる。
冬場に歩けなくなるということがなかったので、思ったよりはるかに早く目標に届いてしまった。
「はだしウォーキング2,000キロ達成!!」
昨年12月からの記録で今日で「2,006km」になる。
1千キロまで4カ月少々、2千キロまではそれから5カ月弱、合わせて9カ月で達成したことになる。
ということは、3千キロ年内達成が可能かもしれないということになってきた。
「歩け、はだしで3,000キロ!」が次の目標になったということになる。
だが、3,000キロというのは表面上のわかりやすい目標に過ぎない。
それよりもはだしで歩くことをその気にさせるものがある。
言い換えると何がそれを動機づけているかである。
それはおそらく丸々一年フォーシーズン毎日裸足で歩いた時、その後にやってくる風景がどんなものかみたいという衝動であろう。
実際はそんな大がかりなものを見られるわけでもない。
おそらく少しばかりの自信と満足感を得るためであり、後年になってのいい思い出くらいだろうと思う。
でも小さくとも得られた自信と満足感は晩年となった人生にどんな作用を及ぼすことになるのかを実体験として触れてみたいところなのである。
それがもっとも大きなモチベーションではないだろうか、そんな風に思うのである。
冒頭の写真は今日撮ったもので2千キロ歩いた足のウラである。
まるで安物の脱色スルメのようである。
はだし散歩をしているので、真冬時の朝晩の冷え込み時を除いて、家の内でも一日中はだしでスリッパなし、靴下なしですごすことができている。
また、夜に床に入っても足が冷たくなって寝られなくなり、やむえず靴下を履いて寝るということはこれまで頻繁にあったが、これもなくなった。
フクラハギのこむら返りはほとんど起きなくなり、アキレス腱の痛みも消えた。
ただ、はだしランニングで起こした左親指の突き指だが、完治していると思うのだが、ちょっとしたことで指の付け根に痛みが出ることがある。
繰り返し突き指をしたので骨が折れてたではないかと思っているが、それでももう治ってもいい時期である。
ということはこれは慢性症状になり、時々痛みが出てくることが常態化しているのかもしれない。
数日前の話であるが、午前中の散歩のときである。
セントラル・ストリートからオルセン・アベニューまで片道2キロ少々ある。
時間的には28分ほど。
この間、誰一人としてすれちがわなかった。
ときどきこういうことが起こる。
人口の少ないオースラリアではのことである。
遊歩道ではあるが自転車の往来も可能で、2台ほどに抜かされた。
往路で人に出会わないときはどういうわけか復路でドーンと出会うことが多い。
世の中バランスよくできているものである。
それでも今日はどうかなと思いながら復路に入る。
なかなか人に会わない。
これはもしかして、もしかするかなと期待する。
遊歩道を5キロ歩いて、人と出会わなかったことは珍しい。
オーついに復路の2キロ少々でも人に会わない。
計4キロである。
残りは重複区間の1キロほどである。
これはいけるかもとドキドキする。
4.5キロも通過する。
4.7kmに入ったら、ウーン残念、希望はついえた。
遊歩道のはるか反対側から人が入ってきたのである。
4.8km過ぎですれ違う。
中年男性の二人組である。
「ウーン、こんちくしょう!」と思うがしかたない。
時間的には1時間あまり人とすれ違わずに散歩したことになる。
自転車とは数台すれ違い、追い越された。
「2,000キロ達成記念」で貰い物のお酒を開けようと思っていた。
今年初めに日本から贈られたもので、ゴールドコーストマラソン完走記念で開けるつもりでいた。
つまりそれなりの充分な名分が立つようなビッグイベントでないと心理的になかなか開封できないということである。
マラソンレースの打ち上げならそれに見合うものであると思っていた。
なにしろ1年の練習の成果を顕現したのだから。
ところが、予想を超えるとんでもなく素晴らしいタイムが出てしまったので、家で飲むよりも外へ行ってお祝いしようということになり、日本食レストランの大樹に出かけて行ってしまったのである。
これで開封のチャンスを逃してしまった。
ならば次の機会はとして浮上してきたのが「はだしで2,000キロ達成!」である。
昨日のこと、明日には開封できそうだ、ということになり、ところで「このお酒どんなものなのだろう」という興味がわいて検索をしてしまった。
これが大失敗であった。
福島県会津の廣木酒造というところの銘柄で『飛露喜』というだが楽天ショップでみると、 720mL でなんと6,000円から7,000円もするすごいシロモノなのである。
贈ってくれた人も、貰い物だからということで回してくれたのだが。
もう何をか言わんや、である。
● 720mL 6,000円---7,000円
いつも飲んでいる純米酒は 2000mL で18ドルである。
比較すると10倍以上の値段になる。
● 右が常飲している箱の安酒
輸入でその金額ということは、日本でなら十数倍にはなるだろう。
とてもおいそれとは手が出ない。
GCマラソン打ち上げの大樹での費用が二人で85ドルである。
85ドルとはこの 720mL のお酒とほぼ同じ値段である。
たかが「2,000キロ歩いた」だけで開封してしまったら何かバチが当たりそうな気分になってきた。
とても飲めない!
もっと華やかな記念で開けるべきだと、心積もりすることになってしまった。
そして今日もまた安酒を喰らうことになったのである。
うまいお酒よりも量が優先する貧乏根性である。
記念のイベントは無しということになった。
寂しい「2,000キロ記念」となってしまった。
では、このお酒を開封するのはどんな時になるのか。
いまの時点で考えられるの、来年のお正月である。
まったく、鬼が笑ってしまう。
とするとこのときは 「3,000キロ達成記念」とかぶることになるかもしれない。
それまでお預けということのようである。
【補】
なんともわびしい「2,000キロ達成」になってしまったと思ったら、天は我を見捨てなかった。
9月に入って日本からお酒が送られてきたのである。
「黒松剣菱」である。
ブランド品のお酒ではトップクラスであろう。
学生の頃、酒屋でアルバイトしていたことがある。
ナンバーワンは「爛漫」であった。
店長は爛漫が入るとすぐに隠して、決して店頭にはおかなかった。
お得意様専用であった。
つぎが剣菱であった。
黒松剣菱というのはそのころなかった。
まあ、私の日本酒の知識は特級、一級、二級の区分けがあったころの悪酔い酒の時代のものである。
この日の距離は「2,083km」である。
美味しい、濃厚である。
うらのラベルには「酒質 能淳旨口」とある。
「アルコール分17度」ともある。
普段飲んでいるのは13--14%だから、濃く感じるのかもしれない。
ぬる燗がいいとある。
なにしろいつも箱の酒なので燗などしたことがない。
うまい日本酒を飲むには歌の文句ではないが「ぬるめの燗がいい」ようである。
これで「2,000キロ達成」もイベント風になった。
やはりなんといっても記念にお酒がからまないと、気が抜けたものになる。
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