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JB Press 2018.10.26(金) 高濱 賛
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54495
ベストセラ―確実の著名未来学者が日本をべた褒め
「ホモ・デウス」の著者が21世紀の世界を斬る
「人間は小麦に家畜化された」(Sapiens:A Brief History of Humankind=『サピエンス全史』)
「AI(人口知能)のお陰で人間社会は将来、エリートと“無能者階級”に二極化する」(Homo Deus=『ホモ・デウス』)――。
独自の視点から250万年の人類の歴史を紐解き、未来を予言したユヴァル・ノア・ハラリ博士(イスラエル国籍、42歳)がまたまた新しい本を出した。
タイトルはまさに『21 Lessons for the 21st Century』(21世紀のための21のレッスン)。
新著のアジェンダは21世紀の今現在起こっている神羅万象。
著者が挙げたのは、テロ、地球温暖化、AI、プラバシー侵害、ナショナリズム、宗教、移民。
さらには「国際協力の衰退」や「真実の本質」(フェイクニュース)など。
■「リベラリズムは人類の過去と未来を考える手引書」
21 Lessons for the 21 Century by Yuval Noah Harari Penguin Random House, 2018
その一つひとつを解決し癒す「処方箋」は示されていない。
しかし、個々のアジェンダに潜む問題点を摘出し、その元凶を徹底的に追究している。
著者はこう記している。
「人間は事実とか、数字とか、方程式を考えて生きているというよりも
ストーリー(所説、物語)の中で物事を考えて生きている」
「個人も集団も国家もそれぞれ自らのストーリーと神話を考えて生きている」
「ニューヨークやロンドンのエリートたちは20世紀中、壮大な3つのストリーを作り上げ、それによって過去を語り、未来を予測してきた」
「それはファシスト、共産主義、自由主義(リベラリズム)の3つのストーリーだった」
「第2次世界大戦で人類はファシストを打ち負かした、1940年代後半から80年代後半にかけては世界は共産主義対自由主義との戦場と化した」
「そして自由主義のストーリーは人類の過去と未来を考えるための支配的な手引書となった」
「ところが2008年の世界的な金融危機以降、人々はこの自由主義のストーリーに幻滅を抱き始めた」
「(国境沿いに設けられた)壁が再び登場した。
移民を拒み、自由貿易合意を破棄しようとする動きが広がり、トルコやロシアのような表向きには民主的だったはずの国家が司法制度を軽んじ、報道の自由を制限し、反政府的な動きはすべて反逆行為だと攻撃し始めた」
「2016年はどんな年だったか。
自由主義の中核をなしてきた英米に自由主義に対する幻滅の波が押し寄せる兆候が出てきた年だった」
「英国が国民投票でブレグジット(Brexit=英国のEU離脱)を決定し、この年、米国では(米国第一主義を掲げる)ドナルド・トランプ氏が大統領に当選したからだ」
「(トランプ氏を熱烈に支持した)米中西部のケンタッキー州や(ブレグジットを支持した)英ヨークシャーに住む多くの人間は、自由主義的ビジョンはもはや好ましくないし、達成できないものだと考えていた」
「ある者はこうした動きの背景には人種的、民族的、国家的、性別的特権を失いたくない旧態依然の階層的世界への回帰があるとみた」
「また別の人たちは自由主義とグローバリゼーションは大衆の犠牲の上に進められてきたひと握りのエリートに権限を与える巨大なロケットに過ぎないと結論づけた」
■「1016年オリンピック」を組織してみよう
21世紀の真っただ中に生きているわれわれはどう生きていかねばならないのか――。
著者はこんな質問を読者にぶつける。
「もし1016年にあなたがオリンピックを開催することを命じられたらどうするか」
著者は自ら回答する。
「1016年にオリンピックを開催するなんて、全く不可能だ。
第一、アジア人もアフリカ人もヨーロッパ人もアメリカという国家があるなどとは知らない」
「宋は自分と同じような政体を持った国がほかにあるなどとは考えも及ばないはずだ。
第一、オリンピックで金メダルを取った選手たちを讃えて高揚する国旗もなければ、演奏する国歌もない」
「国と国とがスポーツにしろ、世界貿易市場にしろ、競い合ううえで必要不可欠なのは強制力をもったグローバルな合意である」
「グローバルな合意は国家間で競い合ううえでも協力するうえでも物事をスムーズに運ぶためのツールなのだ」
「そのことを現在人類が直面するアジェンダに当てはめてみよう。
例えば地球温暖化を食い止めるにはどうしたらいいか」
「一国だけがもがいてもどうしようもない。
各国が共通のルールを作ってその実現に全力を上げる以外に手立てはない」
「ここ1、2年、地球温暖化を防ぐためのグローバルな協力に水を差している国がある。
しかし我々はその実現のために何千歩、何万歩も歩かねばならないのは自明の理だ」
■「フェイクニュースの氾濫」でまともな判断が不能に
著者は「1016年オリンピック」説を他の様々な問題の解決に適用しようとしている。
「地球は今退歩し、衰退しようとしていると言われている。
世界で起こっている暴力件数は減少しているにもかかわらず、死亡者数は年々増加している。
不正義に対する憤りが爆発しているからだ」
「社会が複雑化する中で、いったい我々はまともな決断を下せるだけの十分な情報を得ているのだろうか」
「分からないとその道のエキスパートに頼らざるを得ないが、彼らとて一般大衆に阿ねているのではないだろうか」
「集団思考と個々人の無知という問題はただ単に有権者や消費者に限ったものではない。
国政をつかさどる大統領たちや大企業の最高経営責任者(CEO)についても言えるのだ」
フェイクニュースがフェイクニュースを生む現代。その繰り返しの中で「真実」はどこかへ葬り去られてしまう。
我々はこの状況下でどうしたらいいのか。
著者はこう助言している。
「第1は情報を入手するにはカネがかかる。
タダで得た情報は要注意だ。
情報はカネで買え」
「2番目には得た情報の信憑性をチェックするにはそれに関する科学的な文献を読むことだ」
■現代人に必要な「Meditate」と「Mindfulness」
その他のアジェンダへの微に入り細にいった助言はない。
だが一貫して訴えているのは、「Meditate」(瞑想、熟慮)することだ。
著者は強調する。
「21世紀に生きる我々にとって最も需要なことは『Mindfulness 』*(マインドフルネス)だ」
「そのためには『Meditate』(瞑想、熟慮)することがいかに大切か。
そうすることでおのれ自身をより深く知り、物事の本質を取得し、決定できる。
自らを犠牲にしても世のために貢献できるにはどうしたらいいかが見えてくる」
*Mindfulnessとは、「瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価せずに、とらわれのない状態でただ観る」こと。
仏教のサティ(Sati)の翻訳。
マサチューセッツ大学医学部のジョン・カバット・ジン教授が西洋科学と禅の修行法と教理とを融合させ、「マインドフルネス瞑想」理論を確立させた。
著者はイスラエル人だが一神教のユダヤ教一辺倒ではない。
インドのヴィパッサー瞑想の実践者で1日朝晩2回1時間瞑想し、1年に30日間は人里離れた土地で瞑想の修行をしている。
赤みの肉は一切とらないベーガンでもある。
また男性と「結婚」している同性愛主義者だ。
21世紀を生き抜く「最大の武器」は仏教に端を発する「マインドフルネス瞑想」とは驚きではある。
■「カミカゼは史上初の高精度誘導ミサイルだった」
最後に新著に出てくる著者の対日観について触れておきたい。
「日本は世界に先駆けて高精度誘導ミサイルを開発し、戦場でそれを武器として使った。
カミカゼというミサイルだ」
「日本人パイロットたちは、戦闘機に乗り込み、精密機械以上の高精度の命中度を自らの精神的、肉体的能力に託したのだ。
これは国家に対する忠誠心を彼らに誓わせた国家神道のなせる業だった」
「人類とは無限の創造力を持っている。
常に学ぶ。
(通常の軍事的常識ではもはや戦闘能力を完全に失っている中でなお戦うという)状況下でパイロットたちはその問いかけを変えることでカミカゼという手段に出たのだ」
果たしてカミカゼ特攻隊に加わった当時の日本人若者たちがそこまで「悟り」の境地にあったのかどうか。
議論はいろいろありそうだ。
極限状態に若者たちを追い込んだ「国家」、「国家神道」をそこまで評価することに疑問を持つ日本人読者は私以外にもいるに違いない。
■「日本人のアイデンティティの礎は国家神道」
著者は、明治維新以後の日本を手放しで褒めている。
「近代世界において伝統的な宗教が引き続きパワーと重要性を堅持しているのはおそらく日本だろう」
「日本は1853年ペリーの黒船により無理やり開国させられたが、これに従った後は急速かつ過激に近代化の道を突っ張り成功した」
「そして数十年の間に科学技術と資本主義体制を巧みに利用しながら強力な官僚制国家を築き上げた」
「さらに軍事技術を向上させ軍事力を強化し、中国、ロシアを打ち破り、台湾と朝鮮を占領、その後パールハーバーを攻撃し米艦を撃沈、極東に進出していた欧州列国を追い払った」
「その過程にあって、日本は欧米が作ったブループリント(青写真)を闇雲に模倣したわけではない」
「日本は自らのユニークなアイデンティティを守り、近代日本は科学や近代主義、漠然としたグローバル・コミュニティに忠誠を誓うのではなく、日本という国家、日本人という民族に忠誠を誓うとの堅い決意をしていた」
「日本は、究極的には日本人のアイデンティティの礎に土着の宗教である神道を堅持したのだ」
「伝統的な土着神道とは、八百万の神、精霊、怨霊といった土着信仰がごちゃ混ぜになり、各地の村落に建てられた神社仏閣に祀られてきた。
ところが19世紀後半から20世紀前半に日本政府は神道を国教とし、国家神道を確立させた」
「当時の日本のエリートたちは欧州の帝国主義者たちから国家的ナショナリズムや民族に対する近代的概念をみごとに借用し、その概念を日本のナショナリズム、日本人のアイデンティティとして国家神道の枠組みの中に融合させただ」
「仏教も儒教も武士道も日本という国家への忠誠心を高める要素として使われた。
そして国家神道は究極的に現人神(あらひとがみ)である天皇を崇め奉る最高理念として定着したのだ」
新著は間違いなく邦訳して出版されるだろう。
ベストセラーになるだろう。
だが、その上記の日本に関するくだりは日本では物議をかもすかもしれない。
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